
11月2、3日。
鹿児島市の中心街を踊り連が埋め尽くす、南九州最大の秋祭り。
戦後復興へ住民が一丸となっていた1949年、市制施行60周年記念事業として始まった。
圧巻は郷土民謡の「おはら節」「鹿児島はんや節」にのって、延べ約2万2千人が競演する総踊り。飛び入り歓迎、観光客向けの手ほどきもある。
歓楽街の天文館を中心に電車通り約1.5キロを歩行者天国に開放、バンド演奏、ダンスなど多彩なイベントが繰り広げられる。


11月2、3日。
鹿児島市の中心街を踊り連が埋め尽くす、南九州最大の秋祭り。
戦後復興へ住民が一丸となっていた1949年、市制施行60周年記念事業として始まった。
圧巻は郷土民謡の「おはら節」「鹿児島はんや節」にのって、延べ約2万2千人が競演する総踊り。飛び入り歓迎、観光客向けの手ほどきもある。
歓楽街の天文館を中心に電車通り約1.5キロを歩行者天国に開放、バンド演奏、ダンスなど多彩なイベントが繰り広げられる。

鹿児島市から日置市伊集院町。10月。
関ヶ原の戦いで敵将、徳川家康の目の前を突破し国元に生還した島津義弘をしのび、鹿児島市から伊集院の徳重神社までの約20キロの道程を歩いて参拝する。
藩政時代、郷中教育の拠点だった各学舎の舎生、現在では青少年や高校生らが、22番まで続く妙円寺参りの歌を高らかに歌いながら行進する。

県内一円。7月。
神社、寺院の参道や境内に人々が灯籠を持ち寄って奉納する。夜店が並び、生け花、習字の展示、舞台がくまれて、踊りや歌謡曲なども披露される。
江戸時代に19代藩主、島津光久が上山寺新照院に観音堂を建立し、供養のために灯籠をともしたのを人々が見習ったとされる。
それ以前にも疫病払いや虫追いを兼ねて、灯明をささげる習俗があったことは知られている。

「無病息災」「悪疫退散」「商売繁盛」を祈願した祭り「おぎおんさぁ」。
京都の祇園祭の流れをくみ、鹿児島において約400年の歴史があると伝えられる。
初日に宵祭り、そして、2日目の本祭では、鉾、太刀、弓、祇園傘、稚児花籠などの行列が市中を練り歩き、神輿が景気をつける。
また、鹿児島青年会議所の先輩方が「まちを元気にしたい」という思いのもと、御神体が入る一番神輿を担ぎ始めて25年。「愛する郷土鹿児島を元気にしよう」という強い使命感を持って会員一同で担ぎ続けている。